ミント、薄荷

フランス、イギリス、スイス、オランダ、ベルギー、アメリカ・・・・
ちょっとおしゃれな容器に入ったさまざまな国のミントキャンディーがスーパーにもずらっと並んでいます。

ストレスの多い社会を反映してか、あのスースーする清涼感と、香りでミントは今や、女性のバックの中の必須アイテムのひとつです。ヨーロッパでは100年以上もの歴史のあるミントキャンディ、お菓子のジャンルとしては錠菓(タブレットキャンディ)と呼ばれています。まるで薬の仲間のお菓子みたいですよね。だって錠とは、一錠、二錠と薬を数える呼び名でしょ。
調べてみると、錠という字には固めるという意味もあるそうです。
 

ハーブの中でも代表的なミントは、原産国の中近東ではお茶として古代ギリシアでは入浴剤として用いられてきた歴史もあり、早くからミントのリラックス効果や疲労回復に効果があることが知られていました。

日本には中国から生薬の原料として、薄荷(ハッカ)という呼び名のもとに入ってきて、江戸時代にはもう栽培されていたそうです。
日本の薄荷は、ヨーロッパのミントに比べ香りも強く、主成分であるメントールの含有量が高いこともあって、合成ミントが開発される以前の1930年代までは世界のミントの70%もの生産量を誇り、日本はミント王国だった時代もあったようです。

昨年、近所の空き地に自然にはえていたミントをぐうぜん発見。もしかしてと思って葉を1枚ちぎってみると、りっぱなミントの香りです。うれしくって一株ぬいて、持ち帰り庭の一角に植えました。

すると、どうでしょう。どんどん増えています。
ハーブの一種だから大切にと考えていたのですが、こんなにも生命力のあるハーブもあったのかと、植木鉢ぐらいにしていた方がよかったかなと思う勢いです。

晴れたかと思ったら又、雨。いよいよ はしり梅雨かも・・・・
こんな日にはミントティとか、葉っぱをちぎってお風呂に入れるのもいいかも。
スーッとしたさわやかさが、気分を変えてくれます。

そしてストレスのツボ・手のひらの労宮へ「はじめてのお灸 moxa」を。
ミントとお灸って、梅雨時のgoodな養生法かもしれませんね。
moxa1 * - * 09:05 * comments(0) * trackbacks(0)

鬼の念仏

どれほどの数の鬼が琵琶湖から全国へと旅立っていったのでしょう。

琵琶湖をひかえた大津はかつて東海道五十三次の宿場として大いににぎわっていました。
この大津の宿あたりでおみやげとして売られていた絵が大津絵です。

   大津絵の筆のはじめは何仏

と芭蕉の句にもある通り、この大津絵、江戸時代の初めは仏様やお地蔵さんなどの仏画が多かったようですが、時代とともに次第にユーモラスな絵柄が多くなっていったようです。

   その大津絵の図柄のひとつが「鬼の念仏」

大胆にデフォルメされた鬼はどことなく愛嬌がありますがそれもそのはず、子供の夜泣きの護符としていつしか大津絵を代表する図柄となったようです。

大津絵は民画と呼ばれていて、いわゆる作家によって描かれたものではなく、名もなき人の手によって描かれたもので、当時は絵はがきくらいの値段で売られ、商う店も軒をつらねていたそうで、そんな中で筆の勢いで次々と紙の上に一枚たった10分ほどで描かれた鬼たち。

現存する大津絵を見比べてみると、時代は変わっても鬼の表情、顔の向きなど、その構図といいタッチといい、ほとんど同じ、何か工芸品でも見ているかのようですが、ほとんどは1枚1枚が手描き、どの鬼も実に生き生きとした表情です。

大正末期に始まった民芸運動は名もなき工人の手から生まれた手仕事の魅力を民衆的工芸、つまり民芸と名づけて新しい美の価値観を呈示しました。
日本各地の陶芸や織物などと並んで大津絵は民画として取り上げられ鬼はスターになったのです。

   売れ残る大津絵の鬼 春暮るる

どこかユーモラスな表情で子供たちの幸せを守りつづけた大津絵の鬼。その巨大な目はやさしさにあふれています。

立夏も過ぎて琵琶湖も夏のきざしです。日ざしも、ますます明るくなった気がします。
外で過ごす時間も長くなりました。

疲れたなと思った日は、足三里に「はじめてのお灸 moxa」を。
足三里は芭蕉さんも愛用のツボです。
moxa1 * - * 09:37 * comments(0) * trackbacks(0)

京たけのこ

京の春の味覚の王者といえばたけのこ。
秋のまつたけと並んで朝掘りの京たけのこは日本一といわれています。

桜の開花に足なみそろえるように始まるたけのこの旬は、たった1ヶ月たらずの短い間です。

京都は三方を山に囲まれた盆地。東に東山、そして北に北山、ぐっとめぐって西側の峰は西山と、京都にしては実にわかりやすく呼ばれる西山のふもとが、たけのこの産地。

この西山あたりの竹やぶの美しさは、あの嵐山あたりの竹林とは又違った美しさで、やぶの中は農家の奥座敷といわれるほどよく手入れされており、なんとそれが日本一といわれるたけのこの味の秘密なのです。

たけのこは親竹から伸びる地下茎から顔を出します。
西山あたりの竹やぶでは夏の間にワラを敷きつめ土を入れ、又ワラを敷きつめと何重にも重ねてフカフカの竹やぶに仕上げます。
こうすることによって春、たけのこが地上に顔を出したと思っても、実はまだフカフカの土の中。たけのこは全く空気にふれずに成長します。

だから直径が10cmにもなっても皮もやさしい色で中はまっ白。これが京たけのこの中でも極上と呼ばれる「白子」なのです。

朝掘りの京たけのこと良く言われますが、たけのこの味は新鮮さがいのち。
たけのこが届いたら、何をさておいてもまずゆがくというのが、京都でのたけのこ料理のセオリー。そうすることによって白くやわらかく、香りもよく甘味のある京たけのこの味は生まれるのです。

短いたけのこシーズンが終ると、親竹は葉が黄色に変り、竹の秋を迎えます。
おいしいたけのこを届けて竹はひと休みですね。

ゴールデンウィークもあとわずか。仕事の再開にそなえて、体調をととのえてください。疲れ、だるさには「はじめてのお灸moxa」がおすすめです。
moxa1 * - * 09:23 * comments(0) * trackbacks(0)

山吹の季節

お酒の神様 京都の松尾大社は山吹の名所としても知られています。
全国から観光客でにぎわった桜のシーズンが終り、ゴールデンウィークまでのつかの間の静寂を迎えた京の街。
境内を流れる小川をはさんで一帯は山吹色に染められています。

山吹は、万葉集にも17首が詠まれているほど古くから日本人にはなじみの花で、その少しオレンジかかった独得の黄色は平安時代すでに山吹色と呼ばれ、日本の伝統色に数えられています。
山吹色は、中世に入りそのあざやかな色あいが黄金色に近いところから山吹色は大判、小判のまたの呼び名としてよくテレビドラマの時代劇などでは、よからぬ相談のシーンでよく使われています。
ちなみに山吹の花言葉は気品、山吹にはとんだめいわくな使われかたですね。

山吹の花は一重と八重とがありますが、八重の山吹はオシベが花びらに変化して、めしべも退化しているため八重の山吹は実はできません。

ところで、山吹といえば、必ずといっていいほど名前のあがる室町時代の武将で歌人でもあった太田道灌。
道灌が鷹狩りの途中に雨に降られて近くの農家に立ち寄り、みのを借して欲しいと頼んだところ、しばらくして奥からあらわれた女性が

「七重 八重 花は咲けども山吹の実のひとつだになきぞ悲しき」

のうたと共に一枝の山吹をさし出しました。
道灌はその時、意味がわかりませんでしたが、「この八重の山吹のようにお借しするみのがないのが悲しゅうございます」ということを伝えたいために女性が山吹をさし出したことがわかり、すぐに女性の気持ちに気づかなかったことをはじ、一層の歌の道に精進したそうです。

歌にかえて自分の気持ちを伝えるというなかにこめられた昔の日本人の奥深さ。
胸がキュンとなるのは、私だけでしょうか。
今日の私たちのコミュニケーションがいかにストレートかと知らされる思いです。
少しは、昔の女性のようになりたい・・・
そんな想いとともに「はじめてのお灸 moxa」を一つ二つ、
こんな日はやっぱり古風な香木の香りがおすすめです。

moxa1 * - * 09:27 * comments(0) * trackbacks(0)

お花見弁当

伊吹山の山頂には、まだ雪が残っています。

長浜の春の幕開け、曳山祭も終ってやっと今年も桜が咲きました。
太閤秀吉によって開かれた長浜城趾の桜も満開です。

世の中に たえて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし

平安人をも やきもきさせた桜は、今年の春もかなりの気まぐれぶりで何度も花だよりを書き換えさせてくれました。

野も山も一気に桜色に変える桜が気まぐれなのではなく、桜は春の変わりやすい気候を正確に読みとって花ひらくためになかなか私達の予想通りには、行かないのです。

こうしてやっと咲いた桜をたずねる日にはやっぱりお弁当が、かかせません。
満開の桜の下でひらくお弁当は、はなやかな桜にふさわしくちょっとぜいたくがうれしいですね。

お花見弁当という呼び名もある通り、この季節さまざまな趣向をこらしたいろいろなお店のお弁当がデパートに並びます。
春の味覚が彩りもあざやかに、お弁当という限られたスペースにつめ込むのではなく、美しく盛りつけられています。

お弁当といえばまず頭にうかぶ卵焼きもちゃんと入っていますが、お花見弁当には春を語る しらす、木の芽あえ、たけのこ、などなど旬の味が春をさまざまにひもといてくれるって感じで・・・・

満開の桜の下でひらいたお弁当に、早や散りはじめた桜の花びらがひとつ、又ひとつと落ちてきます。

花の時期の短い桜はこのはらはら散る花びらが降りかかる風情を花衣、散って池をうめつくすように水面にただようさまを花筏といかにも桜にふさわしいことばを贈られています。
桜はやはり春の主役なのですね。

春の季語にはお花見でつかれることを花づかれともいいます。
一日中、太陽の下ですごしてほっこり疲れた日には、
「はじめてのお灸 moxa」を足の裏の湧泉に。おどろくほど疲れが取れます。
moxa1 * - * 09:08 * comments(0) * trackbacks(0)
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